コンセプト
◼️間違えることは賢くなるための助走
子どもを教えていて、モヤっとする瞬間があります。それは子どもが間違えた時に自分を責めるような、「僕(私)はバカなんだ」と必要以上に落ち込んでいる様子を見た時です。間違えるとことは、その子どもの知性や人間性とは全く関係なく「何かが分かっていなかった」というだけのはずが、子ども自身が間違いに、それ以上の意味を付け加えて、自分を責め、落ち込む様子は居た堪れない気持ち、なんなら怒りに近い感情すら湧いてくることがあります。なぜなら自分を責め、落ち込むというのは、周りの大人や学校のやり取りの中で植え付けられていくものだからです。
ニッチェイングリッシュでは、子どもたちに間違えることは賢くなるための助走であり、全く恥ずかしくないと、感じて欲しいと思っています。間違いに対するネガティブな反応を無くすことができれば、「あれ?なんで間違えたんだろう?」「あー!そういうことか!」と間違えた原因を分析したくなるような感性を育むことに繋がるからです。
◼️試験・受験の先を見据えた勉強
中学生を越えたあたりで「受験のために勉強する」という意識が強くなってきます。本来は楽しかったはずの「学び」がやらないといけない「勉強」の色が強まっていくのはこの時期に完成されます。小学校低学年までは「わかる!」と「楽しい!」はイコールだったのに、小学校高学年から中学に上がるにつれて、「覚えないといけないしんどいこと」の要素が増えます。
これは勉強の目的が「試験、受験のため」となっていくからです。学校の成績、高校受験、大学受験に向けて生徒の実力を上げていくことはもちろんやりますが、受験のための勉強、になってしまっては勉強が嫌いになり覚えたことも試験が終わったらすぐに忘れてしまいます。ニッチェイングリッシュに通った生徒にはそうならずに、できれば英語を楽しく学べるようになって欲しいと考えています。特に「英語」という科目は社会に出た後に実用される可能性が高く、英語ができることで広がる将来の幅は、他の科目に比べておかしいくらい、高くなっている、というのが個人的に思うところです。しかし、子どもたちは「将来の幅を広めてくれるから」とか「良い仕事に就けるから」のような合理的な理由で「そうだよね!英語やる!」とはなりません。だからこそ、「グローバル人材のための英語教育」は脇に置いて、「今、楽しい、ことばとしての『英語』」を学ぶ経験が大切だと私は確信しています。子どもも含め、人は経済合理性よりも、「楽しい」で学ぶということを授業の中の子どもたちから教えてもらいました。
私が英語を未だに話せるのは試験のための英語の勉強ではなく、純粋に英語を楽しませてくれた高校時代の塾の先生と洋楽と洋画のおかげです。ニッチェイングリッシュに通う生徒には英語を好きになり、忘れない英語の力をつけてもらえたらと思っています。
◼️学習の場だけでなく、親御さんと連携して子育てをする場所
先日、生徒の親御さんと個人面談を行いました。当たり前のことではありますが、学校での勉強は「子育てにおける一つの側面に過ぎない」ということを改めて認識しました。勉強以外でも多くの悩みや葛藤を抱えながら子育てをされている親御さんの思いを改めて確認でき非常に気づきの多い時間となりました。
個人面談では英語の学習に関することだけでなく、生徒の授業中の様子をお伝えし、生徒の特性をお伝えします。目で認識した方が学びやすい子、音を優先して認識するなど、同じ学年でも発達の仕方は多種多様です。そのような特性や、声かけの仕方、褒め方、叱り方などを共有することでお家でのお子さんを見る目が変容し、よりお子さんがのびやかに過ごせるようになります。